無情も嵐も踏み越えて -前編-

   § : GRAM 「無情も嵐も踏み越えて」
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師匠と弟子/出会い/貧乏な魔道士/モグリ/好き放題/召喚士/人生の選択/
【中編/完結済/約28000文字/読了時間約56分】
平和なシャザレイムの街に住むやさぐれ魔道士のカーレル。その前にある日突然、エミルと名乗る無害そうな一人の少年が現れます。「腕試し」として、カーレルは突然エミル少年に挑みかかられますが…。
カーレルさんとエミル少年の出会い篇、といったところです。



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「あなたが、有名な凄腕の黒魔道士《魔剣グラム》さん、ですか?」
 小春日和というにまさにふさわしい穏やかな晴天の下、小鳥のさえずりものどかな昼下がり。
 なけなしの金銭をはたいて行きつけのパン屋「クィーンメリー」から食料を調達してきたその帰り道、突然カーレルはそう声をかけられた。
「あン?」
 振り向いたその目許は、やけにやさぐれている。歳の頃は見たところ二十二、三ほど。かなり上背の高いその姿はごくありきたりな街人の装いで、骨格がしっかりしているわりに肉が薄いのか、少々痩せぎすな印象である。伸ばしている、というより伸びてしまった、といった感じの少し長めの頭髪は遠目にもよく目立つ赤毛で、いかにも適当に首の後ろでくくられていた。
 ともあれ。表情を決めかねているような顔で立っているカーレルに、彼を振り返らせた声の主は、続けて声を発した。
「うわぁ、随分背が高いんですねえ。それに噂通り、全然魔道士には見えないや。魔道士ってより場末のやさぐれたヤクザって感じだ、とは聞いていましたが納得です。そんなふうなのは、魔道士ギルドに登録してないモグリの魔道士だからですか?」
 人々がのんびりと行き交う石畳の歩道で、随分と失礼なことをまくし立てたのは、せいぜいカーレルの胸元までしか上背のない、頭からすっぽりとフードつきの外套をまとった少年だった。
 パンやリンゴやジャムの入った紙袋を抱えたまま、カーレルは髪と同じ色の瞳で、憮然かつまじまじと、その少年を見下ろした。
 見たところ十五歳は越えているだろうから変声期は経ているのだろうが、少年の声はなお柔らかく、高くも低くもない。晴れた青空から落ちてくる陽光が石畳にぶつかって跳ね返り、さらにプラチナ色の少年の前髪に光が踊るように反射している。肌は白くすべらかで、真っ直ぐにカーレルを見上げる澄んだ双眸は、明るいエメラルドグリーン。三日月形の眉といい、穏やかそうな目許といい、やわらかそうな頬の線といい、全体に鋭角的なもの一切が欠落している。優しげな印象の、驚くほどの「美少年」だった。
「……ええと、どちらさん?」
 硬い髪質なせいであちこちが立っている頭をボリボリと掻きながら、カーレルは問いを発した。なんだこいつは、というのが率直なカーレルの感想だった。自分がモグリの魔道士であることは有名な事実なので、突然そう声をかけられても驚くには値しない。だがこの、まるでカーレルと並ぶと「浪人と王子様」のような金髪の美少年が突然街角で声をかけてくる、その心当たりがまったくなかった。「仕事」の依頼というには、切羽詰った雰囲気がなさすぎる。カーレルのようなモグリかつ評判が良いとは言い難い魔道士に、それでも依頼を持ちかけてくる者は、まず「やむにやまれず、嫌々ながら」であって、それに比例した緊迫感を帯びてやって来ると相場が決まっているのだ。
「ああ、すみません突然。僕はエミルっていいます」
 王子様のような少年は、にっこりと天使のように穢れない笑顔を見せて名乗った。
「まだ修行中の、見習い魔道士です。このシャザレイムの城下町に《魔剣グラム》の通称を持つ高名な黒魔道士さんがおられると聞いて、育った旅芸人の一座を抜けてはるばるやってきたんです」
「はぁ。って、俺に依頼か? だったらまず前金で半額、キッチリ払ってくれよ。なにしろぜんっぜんカネがねーんだ」
 紙袋から顔をのぞかせていたリンゴを取り出し、ごしごしと上着でこすってからカーレルは食いついた。先日から何も食べておらず、とにかく腹が減っていたのである。威厳のかけらもないその様子を見て、エミルと名乗った少年は面食らったようだった。
「……あの、失礼ですが、本当にあの、凄腕にして無敵無敗、空前絶後の天才的大黒魔道士として名高い、あの《魔剣グラム》さん、なんですよね?」
「ンなケッタイな通り名つけたのは俺じゃねえからなあ。文句があるならイズビゲントの野郎に言ってくれよ」
 イズビゲント、とは、このシャザレイム城下町を中心とした付近一帯を治める大領主の名前である。そんな相手を事も無げに野郎呼ばわりしたカーレルに、エミルは目をぱちくりさせた。
「……あ、いえ、別に文句があるとかじゃないんですが。イメージしていたのとなんだかあまりに違っていたので……」
「実物なんざそんなもんだろ。まぁ確かに、ハイこれが証拠ですってなもんなんざ、それこそ魔法以外にねえけどさ」
「あ、じゃあ魔法を見せてくださいますか?」
 皮肉のつもりで言った言葉に、少年はバカ正直にも笑顔で要求してきた。は? とカーレルはエミルを見返し、がしゃがしゃと口の中にあったリンゴを噛み砕いて飲み込むと、刃物のようにすがめた目であらためて無邪気なばかりの少年を見下ろした。
「阿呆、見世物にするようなもんじゃねえや。おい、おまえいったい何なんだ? 依頼人なんかじゃねえな」
「うーん。普通の依頼人とは違うと思いますけれど。でも、依頼は依頼なのかなあ」
 凶悪なカーレルの目つきにたじろぐこともなく、微妙なところですね、とマイペースにエミルは言いながら、おもむろにそれまできっちり前を合わせていた外套を両肩にはねあげた。その下は少々くたびれたごく普通の旅装だったが、てっぺんに飛竜を模した飾りの付いた一本の杖が、少年の白い手には握られていた。魔道士達が好んで用いる、魔力を増幅させる効果を持った《ルーン》と呼ばれる魔法文字を刻んだ魔道具だった。
「僕の依頼は、僕の腕試しの相手になっていただくことです」
 事態がよく飲み込めていないカーレルに、エミルは無害な笑顔のままで、手にした魔道士の杖をかざした。
「あ?」
「やっぱり魔法は実践が大事なんですが、いかんせん相手がいないことには自分の力量を把握しづらいんですよね。その点、名高い《魔剣グラム》さんなら、まあ死んだりはしないでしょうし、腕試しの相手にはうってつけです。というわけで、いざ尋常に、勝負!!」
「ちょっ……」
 あまりに突然の展開に、カーレルは狼狽した声を上げた。が、カーレルの動揺にはおかまいなしに、エミルはその白く細い指先で、空中に魔法を発動させる触媒となる《エレメント》――魔法印、と呼ばれる紋様を次々に描き出してゆく。それと共に唇から呟くように呪文が紡ぎ出され、ぶわっと少年を中心に、風が吹く感触にも似た魔力放出の波紋が生まれた。
 何事だ、と道行く人々が異変に気付いて怪訝な顔をし、ただならぬその場の様子にぎょっとする。それらの様子を横目に見ながら、カーレルは声を張り上げた。
「ちょっと待ておい! こんな街のど真ん中で何しやがるんだこの――」
 その語尾に重なるようにして、エミルの柔らかな声が魔法の発動を促す呪文の詠唱を完了し、規模は小さいながらも破壊力を秘めた空気の弾丸が、続けてカーレルに向かって撃ち出された!
 しかしそれは、さながら「パワーはあるがコントロールがなっちゃいない」ピッチャーの暴投のごとく、あえてかわすまでもなくカーレルを逸れ、風を切る轟音を残してどこぞとも知れぬ方向にかっ飛んでいった。カーレルが胸を撫で下ろしたのも束の間、それは若干離れた広場に立っていた大きな時計台を直撃した。あたりに爆音が響き渡り、変事に驚いたスズメや鳩達がばさばさっと青空に舞い上がった。
 それに続いて、さらに付近の建物や鐘突き堂の尖塔などが、次々に放たれる空気の弾丸の餌食になってゆく。
「……う、うわあ!?」
「ひい、に、逃げろ! なんか知らんが魔道士が暴れてるぞ!!」
 何が始まったのかわからずきょとんとしていた通行人達が、事態を把握するとわっと悲鳴を上げて我先に逃げ出し始めた。空気の弾丸はあたり構わず石畳を穿ち、ショッピングモールの色鮮やかなアーケードをぶち抜いて、そんな彼らに悲鳴を上げさせる。色とりどりの花が揺れている手入れの行き届いた花壇が、たちまち人々に踏み荒らされた。
「なんてことしやがる、てめ――ぉわっ!!」
 間近に落ちてきた衝撃に、カーレルは足をすくわれた格好で石畳に転倒した。転がったままあたりの惨状を見て、思わず呻いた。
「こんのガキャぁ……」
 空気の弾丸は際限なく生まれ続け、この通りだけではなく、建物の上を飛び越して離れた街角をも襲っている。思わず握り拳になって立ち上がり、こんな街中で無軌道な魔法を発動させた凶悪少年を振り返ったカーレルは、そこであんぐりと口を開けた。
「……てめえがそこでやられてんじゃねーよッ!!」
 そう。あろうことかそこでは、こんな魔法を使った少年自身が、自分の放った魔法の一撃に跳ね飛ばされたらしく、石畳の上にひっくり返っていたのである。
 カーレルは少年めがけて走ると、頭を飛ばす勢いで突っ込んできた一撃をかわしながらその脇にすべりこんだ。ぐったりしているエミルを抱え起こし、額のコブを除いては特に外傷はないことを確認する。どうやら直撃を食らったわけではなく、避けようとして転んで頭を打って気絶したらしい。
「おい、てめえ起きろ! どーすんだよこの惨状を!」
 カーレルは胸ぐらを掴んでエミルの頬をひっぱたいたが、少年はやけに呑気な顔で目を回したままである。
 使用者が気絶したことで完全な暴走状態に入った魔法の効果範囲はすでにこのあたりの一区画全体に及んでおり、カーレルはぎりぎりと歯軋りしてエミルを放り出した。完全に混乱し道筋を失った魔力の波動が、はっきりと感じられる。この暴走状態を止めるには、魔力発動の源となっている存在――つまりエミルをあの世に送るか、筋道を失った魔力の波動を一点に収拾し、より強い魔力によって相殺するしかない。
「……ヤッちまえば簡単なんだが……」
 あながち冗談でもない殺気のこもった眼差しをカーレルは傍らにひっくり返っている少年にそそいだが、諦めたように溜め息をつき、なんで俺が、とぼやきながら立ち上がった。立ち上がったままの楽な体勢で、目を伏せて意識を切り替える。集中に伴い、彼を中心にした一部の空間だけが、次元が切り替わるようにフッと気配を変えた。先ほどエミルが見せたような、風が吹き出すにも似た魔力の放出はない。そのかわり、体内に閉じ込められたまま練り上げられ、より強く純粋に研磨されてゆくような、爆発の予感を秘めた魔力の高まりがある。
 カーレルの唇が低く呪文を紡ぎ、その手が素早く空中にいくつかのエレメントを描いた。何かを呼び込もうとするように上空を見上げたその全身から、高められ膨張しきった魔力が爆発した。猛烈な勢いで街路樹や建物を突き抜けて広がったそれは、魔力を持たない者なら単に突風が走り抜けたように感じ、魔力を多少なりとも持つ者なら、色彩の判別が不可能な、あえて言えば七色を帯びた凶暴なほどの光芒が駆け抜けていった、と感じただろう。さながら巨人の掌で鷲掴みにされるように、暴走していた魔力は七色の光芒に飲み込まれ――網の目にとらわれるように引き寄せられて、嘘のように掻き消えた。
 しん、と、まさに嵐の過ぎた後といった様子で静まり返った通りの真ん中で、己の放った魔力の網が暴走していた魔力の波動を完全に消滅させた手ごたえを確かめると、カーレルは満足げに笑った。
 そして何気なくあたりを見回し、愕然と目を見開いた。よろり、とその身体がかしぎ、がっくりと両膝が石畳に落ちる。
「お、俺のメシが……貴重な食料がっ……」
 暴走した魔法に、いつの間にか彼の抱えていた紙袋は中身ごとどこかへ吹き飛ばされ、影も形もなくなっていた。
 もはや言葉も出ず、こみあげる憤怒に身を震わせたまま、やけに平和な顔で気絶したままの少年に、カーレルは今度こそ殺意のこもった目を向けた。


 エミルはまさに針のむしろに座る心地で、脚の長さが微妙に違うのかギシギシいう軋みを発する粗末な木製の椅子に腰を下ろしていた。
「いったいどうしてくれんだよ、ええ?」
 借りてきた猫のように身を小さくしてうつむいている少年の前には、古ぼけたテーブルを挟み、同じく粗末な椅子に必要以上に仰々しくふんぞり返ったカーレルがいる。ここは彼がほぼ無期限で自宅がわりに借用している、安宿の一室だった。
「おまえのせいで俺は貴重な最後の食料を失うわ、騒乱罪及び公共器物損壊罪の嫌疑をかけられてブタ箱にぶち込まれるわ、街中の人間から『極貧に堪えかねてとうとう気が違ったらしい』なんてあらぬ陰口を叩かれるわ。散々だぜ、散々。いったいこの始末をどうつけてくれるってんだよ、えぇ?」
 反り返って高々と脚を組み、頭の後ろでかったるそうに手を絡み合わせて完全に据わり切った目つきでエミルを見下ろすその様は、真実はどうあれどう見ても「いたいけで善良な少年を恫喝するチンピラ」そのものであった。
 カーレルがこの魔道士見習いの少年にいきなり街角で襲われてから、すでに一昼夜が経過していた。その間何をしていたのかというと、言葉の通りずっと街の保安組織の留置場に放り込まれていたのである。
 あの後カーレルは、騒ぎに駆けつけた保安官達に姿を見られるなり、「また貴様か! いいや何も言うな、おまえがやったんだ、おまえだろう、そうに違いない!」と現場から強引にしょっぴかれてしまった。まったくもって横暴極まりない話ではあるが、常日頃から「やたらにガラが悪い上に得体の知れないモグリの魔道士」として胡散くさい目で見られていたのが災いした。何よりまさか誰も、倒れているいかにも優しげな金髪の美少年こそが「真犯人」だとは思いもしなかったのである。
 カーレルは留置場で説得力のないシラを切り通していたが、そこに周囲に当たって事態を把握したエミルが青い顔をして訪れ、事情の一切を説明して彼の釈放を要求した。それを檻の中で知ったカーレルは、いきなり牢を破って出てくると、保安官達全員に一時の記憶を奪う忘却暗示をかけて、エミルを引っ張ってさっさと自宅(といってもこの宿屋)に戻ってしまったのだ。
 彼の唐突な行動についていきかねながらも、エミルはとにかく黙って彼のすることに従っていた。カーレルが留置場に放り込まれたのも、街角を半壊させてしまったのもエミルであり、何をどう言われようと仕方がないと腹を括っていたのである。
「……ごめんなさい……」
 やがてうつむいた少年は、見るからにしょぼくれた様子で、かぼそい声を漏らした。
 と、覚悟を決めたように顔を上げると、やおら立ち上がり勢いよく頭を下げた。
「本当に、本当にすみませんでした! 魔法の制御もろくにできないくせに、本当に僕は未熟者の大馬鹿者でした。自分が情けないです。まさかあんなことになるなんて……」
 明るく澄んだエメラルドグリーンの瞳を涙ぐませ、心底うちのめされたように肩を震わせている少年に、カーレルが溜め息をついた。
「まったくだ。このダァホが」
「本当にすみません……」
「あんな街中であんな厄介な魔法なんか使うんじゃねえよ。制御できるできない以前の問題だ。確かにおまえは見たところ、まだ未熟だが随分才能はありそうだ。けどな、魔法のなんたるかがまるで分かっちゃいない奴に、そんなもんは宝の持ち腐れでしかねぇ。魔道士云々以前に、人間として出直して来い」
 あまりに容赦がないといえばない言葉の数々に、うっ、とエミルは再び喉をつまらせ、ぼたぼたと涙を落とした。カーレルはそれを見て、辟易したようにひらひらと手を振る。
「あー、泣くんじゃねーよ鬱陶しい。まるで俺が泣かしたみたいじゃねえか。俺は美人か可愛い女の子の涙以外は見るのも願い下げなんだ。もういいから帰れよ。ガキの悪戯だと思って今回だけは大目に見てやっからさ」
「……僕は、どうしたらいいんでしょうか」
「あん? だから帰れって」
「僕は、どうしたらいいんでしょうか?」
 涙に濡れた瞳のまま、エミルはずいと身を乗り出し、カーレルの顔をひたむきに見つめた。思わずカーレルは、そのただならぬ目力に顔をのけぞらせる。
「ど、どうしたらって言われてもな」
「お師匠様。僕は魔道士としてやってはならないことをしてしまいました。魔法は恐ろしい凶器です。間違っても半人前の身分で、制御もできない魔法を振るったりするべきじゃありませんでした。振るった力じゃない、それが分からなかった心のほうが恐ろしいんです」
「おうおう、分かってきたみたいじゃねーか……っておい! 誰が『お師匠様』だ!?」
 うんうん、と頷いていたカーレルは、いきなりそう呼ばれたことに気付いて目を剥いた。
 エミルは身をひるがえして椅子から離れると、カーレルの前まで回り込み、そこに膝をついてがばっと床に額をつけた。
「お。おい。なんの真似だよ」
 あまりに真剣な様子の少年にたじろいで腰を浮かせたカーレルに、エミルは床に膝をついたままエメラルドグリーンの瞳を真摯に燃え立たせた。
「お師匠様! どうかそう呼ばせてください! 僕は本当に、どうしようもないくらい愚かで浅はかで未熟者でした。お師匠様の言う通り、心を入れ替えて、人間として一から出直します。ですからどうか、あなたのそばで学ばせてください。どうか弟子にしてください!!」
「じっ……じょーだんじゃねーやっ!!」
 仰天したカーレルは、ビシイッとばかりにエミルに人差し指を突きつけた。
「弟子にしろだとう? おまえ、さんざっぱら人に迷惑かけといて、よくもまあいけしゃあしゃあとそんなことが言えるな! いいか、言っておくが俺は心が狭いんだ! ぶん殴って身ぐるみ剥いで蹴り出したいところを、鉄壁の自制心でなんとか我慢してやってんだ! そうされたくなかったら、馬鹿なこと言ってねーでさっさと出ていけ!」
「いやです! 僕は今、初めて師匠と呼びたい人に出会ったんです。たとえ蹴り出されたって諦めません!」
「おまえなあ!!」
 カーレルがエミルの胸元をひっ掴んで立ち上がらせたとき、その視界の隅をちょこちょこと何か横切ったものがあった。高さにしてエミルの膝丈にやっと届くかどうか。そこに見えたのは、とんがった赤い三角帽子がふたつ。
「……?」
 縦列に並んで歩いている「それ」に、エミルは今すぐ殴られてもおかしくない状況も忘れて目を奪われてしまった。歩いていたのは、揃いの赤い大きな三角帽をかぶって大きな赤い靴を履いた、まるで絵本に出てくる「小人」と呼ばれる存在をそのまま切り出してきたような姿のものたちだった。幼い子供のような姿かたちをしているが、その大きな瞳は何か人間という種を越えたような聡明な輝きを放っている。そしてその小人達は、人外のものがしばしば持っている顕著な特徴である、普通の人間の倍ほども長く尖った耳を持っていた。
 それが二人。一見まったく見分けがつかない、そっくり同じ姿をしたその二人(?)に、エミルはぽかんと口を開いた。
「……なんか、いますけど?」
「気にするな。ゴミみたいなもんだ」
 エミルの胸元を掴んだまま、あっさりとカーレルは答えた。その言葉に反応したのは、ゴミ扱いされた二人の小人の方だった。
「……せめて空気か背景みたいなもんだと言ってくれる方がまだ傷つかないでヤンスね」
「そうずらね」
「いたいけな子供の首を締め上げてるオノレの方がどれだけ外道に見えるのかとゆーのが、アワレも分かってないんでヤンスよ」
「そうずらねぇ」
「てめえらな……」
 エミルの胸元を締め上げた格好のまま、カーレルは空気が凍りつくほど不穏な眼差しを二人の小人に向けた。そのやりとりを見守っていたエミルが、突然我に返ると、「うわあぁあああ!?」とカーレルを突き飛ばし、よろめいた拍子に自分の足につまずいて、騒々しい音を道連れにテーブルに突っ込んだ。椅子まで巻き込んで転がったものの、痛みすら忘れたように即座に跳ね起きて、これ以上は無理だというほど目を丸くする。
「し、ししゃべった! お師匠様、なんなんですかこの人達は!」
「だから師匠じゃねーっての!」
 床に座り込んだままのエミルにカーレルは言いざまに踵を食らわし、倒れ付した少年には見向きもせずに、二人の小人にずかずか近づいていった。
 むんず、と一人の首根っこを、猫でも持ち運ぶように掴んで持ち上げる。
「ああっ! なんて無造作な持ち方をするでヤンスか! 大丈夫でヤンスかマンデー!」
「ひいいぃっ、サンデー! わてはもう駄目かもしれないずら~」
「ッかましい、煮て食うぞ!」
 持ち上げたほうがじたばたと暴れ、足元に残っている方が憤然と抗議するのを、まさに噛み付くようにカーレルは黙らせた。
 カーレルは一人を猫掴みにしたままぶらんと顔の前にぶら下げ、片手は腰に当てた姿勢で険悪に目を細める。
「おい、サンデーマンデー。最近思うんだが、おまえらちょっとここンとこ態度がでかくねえか? 呼んでもねーのに出てくるし、洗い物ひとつできねえくせに部屋が汚いだの手入れが悪いだの、あげくに身持ちも物持ちも悪いだの言いやがるし」
「む。召喚に失敗してわてらをアワレな時空の迷子にしておいて、よくもそんなことが言えたもんでヤンスよ」
「それはしょうがねえだろ、今さら! あんましすぎたコト言ってっと簀巻きにしてドブに流すぞ!」
「おおぉお恐ろしいずら~。サンデーやめるずらよ、こんな道理も情けも知らない鬼畜生に人の心を求めてみても徒労ずら――ぐえっ」
「きゃあぁ」
 途中から小人達の声が奇妙な呻きと悲鳴に変わったのは、カーレルがぱっと手を離し、落下した小人と足元にいた小人もろともショートブーツのかかとで踏み潰したからである。
 怒筋を浮かべてぐりぐりと小人達を踏みつけているカーレルに、ようやく起き上がったエミルが、少々ピントのズレた目を向けた。
「召喚……? 今、召喚って言いましたか?」
 ギッ、と、カーレルが小人達を踏みつけたまま振り返った。
「こいつらは地霊、かわいい言い方すりゃ地の妖精なんだよ。俺が昔、召喚に失敗して間違って喚んじまったんだ」
「じゃあ、お師匠様は召喚術まで使えるんですね!? すごいや!」
 たちまち焦点の戻った瞳を輝かせたエミルに、カーレルは嫌そうな顔をした。
「てめえが何言ってやがる。……あー、ったく、もうそんなんどうでもいい。おまえもいい加減、俺を師匠って呼ぶな!」
「そんなあ。お師匠様、僕は本気だし、真剣なんです。どうしたら分かってもらえるんですか?」
 懲りずに近づいていったエミルに、カーレルは癇癪を起こした子供のように床板を踏み鳴らした。
「どうしたらもこうしたらもあるか! ああくそっ、どいつもこいつも……」
 即座に階下から罵声が上がってきたが、カーレルは完全に無視して声を張り上げようとし――へなへなと腰が砕けたように座り込んだ。
「は、ハラ減った……くそう、おまえがあんな街中で余計なことしやがるから。結局あれからなんも食ってねえし、力が出やしねえ……うっ、気持ちまで悪くなってきた……」
 カーレルの胃袋がぐきゅるるると派手な音を奏でた。空腹のところを立て続けに怒鳴ったり暴れたりしたのがよくなかったのだろうか、すっかり床にへばりついてしまった彼に、エミルが瞳をきょとんとまたたかせた。
「あの……お師匠様」
 そして様子をうかがうように、エミルはカーレルの顔を覗きこんで、多少控えめに提案したのだった。
「もしよかったら、僕、多少一座のみんなからお餞別をもらっていますから、お食事にでもいきませんか? お詫びもかねて、奢らせてください」


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