プニプニパニック ~そして街は戦場になった~

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ぷにぷに/イカレ学者とイカレ魔道士/無限増殖/悟った弟子/てんやわんや/
【短編/完結済/約12000文字/読了時間約24分】
何も考えずにお読みいただけるバカバカしい短編です。いつも平和なシャザレイムの街をある日突然襲った、とある「災厄」の模様をお届けしています。




 エミル少年の、魔法における師匠である黒魔道士カーレルには、奇抜な、というより奇特な知り合いが多い。

「……あれ?」
 その夜、バイト先の食堂兼居酒屋「ドラム・カン」からの帰宅途中。エミルは道端で妙なものを見つけた。
「なんだろう、これ」
 見たまんまを言うなら、「無色透明でつやつやしてて弾力のありそうなプルプル」である。ありていに言えば「出来損ないの崩れかけて溶けかけたゼリー」。大きさは掌にすっぽりおさまるほど。何やら綺麗な透明度の高さにひかれて、エミルはしゃがみ込んで、路地裏の隅にぽちんと落ちていた「それ」を観察した。
 と、エミルの視線を感じでもしたように、「弾力ありそうなプルプル」は小刻みに震え始めた。まるで恥じ入るように、びろんと伸びていた全体をちぢこめる。その、なぜか妙な愛嬌のある動きに、エミルはつい数分の間観察を続けてしまった。
「……なんだ、これ……?」
 だいぶ長いことそうして無意味な時間をすごした後、エミル少年はあらためて呟いた。


「駄目ですよカーレルさん! もっと真面目にやってください!」
 シャザレイム城下町の一角にある安宿「こんな宿もあるさ」亭の食堂ホールにて。今日は宿屋の主人トーマスが、何やら消防団の会合に出かけるとかで早めに店じまいしたそこには、すでに客の姿はない。トーマスの愛娘マリーンが、宿の店番として残っている。ちなみにマリーンは、栗色ストレートの髪が背の半ばまで揺れた、女性のわりにかなり背丈のスラリと高い、十八歳の清楚系な美人である。
 そのマリーンは今、使い込んだモップを片手に、はきはきとした声を飛ばしていた。
「そんなやる気のない磨き方、建物の方でもきちんと分かるものなんです! もっと心と気合を込めて、隅から隅まで丁寧に磨くこと! わかりましたか?」
 生き生きと指示を下すマリーンの前には、いかにもダルそうにモップがけをしている、エプロン姿の派手な赤毛の若者――カーレルがいた。「大陸でも指折りの黒魔道士」である彼が何ゆえ安宿のモップがけなどをしているか、といえば、ひとえに積もり積もった宿代その他の借金のカタにであり、そして掃除は下働きの基本であった。もっとも、ごくごく一般的な街人の身なりでしかない彼の素性が「魔道士」などとは、言われなければ誰も分かりはしないが。
「へ~い。わっかりやしたぁ~」
 身長もあり見てくれもそう悪い方ではない、しかし目つきはべらぼうに悪い若い男が、いかにもかったるそうにかすかすとモップがけをしている姿は、お世辞にも格好良いものではない。そのやる気とか勤労意欲のまったく感じられない様子に、マリーンはやや憤然と細い腰に手を当てた。
「もう! なんですかその返事は。生活の基本たるお掃除も満足にできないようじゃ、この先長い人生ロクなことになりませんよっ」
 言葉こそきついものの爽やかで嫌味のないマリーンの様子に、カーレルはちょっと感心したように手を止めた。
「なんかマリーン、一生懸命で幼稚園の先生みたいだな」
「カーレルさん、自分が幼稚園児並みだということを自ら認めるんですね」
「いや、そーいうコトじゃないが……」
「ああもう、わかりました。では今日のところは、私がモップがけのお手本を見せてあげます。明日からは、ちゃんと一人でやって下さいね」
 マリーンはカーレルの手からモップを取ると、目つきを鋭くしてスチャッと構えた。
「では……参ります」
 神妙に呟き、次の瞬間、彼女は掛け声もろともずざざざあああぁぁっとモップと共に遠ざかっていった。韻々とこだまするドップラー効果。通路の最も奥深いところにまで瞬時に到達した彼女は、スカートの裾を華麗にひるがえしつつつ見事なバックターンを見せ、再びモップと共に駆け戻ってくる。
 そんなことを数度繰り返すうちに、ものの数分で、あたりの床はぴかぴかに磨き上げられていた。
「……まあ、ざっとこんなものですわ」
 ふわっと栗色の髪をひるがえしてカーレルの前に停止したマリーンは、額に輝く汗をぬぐいながら爽やかな笑顔を見せた。思わずカーレルは、ぱちぱちと拍手する。
「見事だ。まさしくプロの妙技というに相応しい」
「ふふふ、物心ついたときにはモップを愛でモップと共に生きていた、モップ使い選手権で優勝を飾ったこともあるこの私の技を間近で見れるなんて、あなたは運が良くてよ……」
「……どーいう選手権なんだ、それ……?」
「まあとにかく、明日からは、お一人でやってくださいね、カーレルさん♪」
 にっこり、と笑い、マリーンはカーレルの肩をポンと叩くと、ハミングしながらモップを片付けに立ち去っていった。髪質が硬いため短い部分があちこち立っている頭を掻きながら、カーレルは何気なく振り返り――そこに宿屋の入り口の両開きドアが開いた。バイト先から戻ったエミル少年がそこには立っていた。
「あれ、お師匠様。エプロンなんか着けちゃってどうしたんですか……ああ、お店のお手伝いですね」
「おう。まあ今日はもうしまいだ」
「随分早いですねえ。掃除なんかやったことないしできませんってフリして、無理やりマリーンさんにお手本がてらやらせたんじゃありませんか?」
 人聞き悪いこと甚だしい、しかし的を得ているようでもあるエミルの発言に、カーレルはヒクリとこめかみを動かした後、がこんと一発拳を食らわせた。エミル少年は出会ってこのかた続いている扱いの悪さに最近慣れてきたのか、ちょっと痛そうに殴られた頭を押さえただけで、何事もなかったかのように先を続ける。
「ところでお師匠様。僕、そこのところで妙なものを見つけたんですけど」
「なんだよ」
 エプロンをむしり取りながらぞんざいに返事をしたカーレルに、エミルはごそごそと上着のポケットから何かを取り出した。無色透明、「弾力ありそうなプルプル」である。
 エミルの掌の上でぷるぷる震えているゼリー状のそれを見たカーレルは、露骨に呆れた顔をした。
「おまえ……ガキじゃあるまいし、なんでもかんでも落ちてるものを拾ってくるなよ」
「お師匠様、これが何なのかご存知なんですか?」
「そりゃ水辺に住んでる『プニプニ』っつーモンだ。非常に原始的な構造の単細胞生物で、水の精霊の使いとか妖精の一種とか言われてるが、正体はよく分からん。綺麗な淡水のそばじゃないと生きられないから、清浄な水の象徴として地方によっては大事に崇められたりもしてるな」
 カーレルはさりげなく博識をアピールし、ふむ、と顎に手をあててその「プニプニ」を見下ろした。
「なんでこんなモンが街中にいるんだ? こないだの嵐に乗って運ばれてきたのかねえ。こういうの『はぐれ』っつーけど」
「はぐれプニプニ……」
 その妙にシュールな言葉をエミルが繰り返したとき、
「うわーははははははははッ!!」
 いきなり宿のドアが外から蹴り開けられ、そんな哄笑が飛び込んできた。
「それはカーレル! 聞かせてやろう! 貴様に引導を渡してやるためだあっ!」
「なっ、なんだ!?」
 唐突に吹き荒れた突風を背に、蹴り開けたドアのところに立ったまま、その人物は驚いているカーレルに指を突きつけた。くたびれた白衣姿の、丸眼鏡をかけ背骨のすっかり曲がった、白髪の老人であった。
「人の噂も七十五日と言いながらっ、街に溢れ巷に氾濫する貴様の悪評の絶えたことはなくっ、耳にするのは聞くにも堪えぬ陰惨かつ無残極まりない失敗談ばかり! これは捨ておけぬと、この正義の天才科学者が総力をあげて結集した科学の叡智と万能の落とし子をもって、悪逆非道の魔道士に天誅を加えんが為ここに参上つかまつった次第である!」
「なんだ……イカレ学者のボーマンじゃねえか」
 もはやわけのわからない老人に、つまらなそうにカーレルが呟いた。くわっ、とボーマンなる白衣の老人は充血した目を吊り上げた。
「ぬうっ、イカレ学者とはなんと捨ておけぬ悪意に満ちた言いざまよ!」
「俺だって捨ておけんわ、さっきから!」
 瞬間に編み上げた破砕魔法をカーレルが放つと、どかぁん! とボーマンを中心としたあたりが爆発し、「うぎゃああぁぁあっ!!」という悲鳴を巻き込んで椅子やらテーブルやらを吹き飛ばした。「あ~あ~……」とエミルが額を押さえ込んでいるのを無視して、カーレルは小規模爆発の中心地に足を運んでいく。そこは小型クレーターのようになって、床板を突き破ってえぐれており、その底でブスブスとくすぶりながら、ボーマンが大の字になっていた。
「ふ、ふふっ……腕をあげたな、カーレルよ……」
「何しにわいたんだよ、おまえ」
 小型クレーターの底に張り付いたまま薄く笑ったボーマンに、カーレルは冷めた視線をそそぐ。ボーマンはむくりと起き上がり、眼鏡のブリッジをくいっと上げて位置を直した。
「崇高なる任務に日々いそしむ天才魔道士の成長ぶりを見に来たのさ」
「さっきと言ってることが全然違うじゃねえかッ!!」
 情け容赦のカケラもなくカーレルがクレーターの底に衝撃波を撃ち込み、這い上がりかけていたボーマンを悲鳴と共にさらに地中深くえぐりこませた。もはや声もなく、エミルは隅の方にしゃがんで頭を抱えていた。


「つまり私は、誰もが不可能だと信じて疑わなかった『プニプニ』の人工培養に成功したのだよ、カーレル君」
 と、ボーマン天才博士(自称)はヒビの入った眼鏡の向こうで目を光らせた。白衣はボロボロに焦げ、白髪もちぢれていたが、肌は健康的につやつやし、存外に元気そうである。
 カーレルがぶち抜いた床板には、応急処置としてベニヤ板が敷かれ、食堂の適当なテーブルに座って彼らは会話していた。
「ほう……」
 と、これは興味もなさそうな半眼で見下ろすカーレル。その隣にはエミルがなんとも所在なげに座り、さらにその横には、お茶を運んできたまま興味深そうに成り行きを見守っているマリーンが、お盆を抱えたまま立っていた。ちなみにマリーンは、ぶち抜かれた床板については、「慣れてますから」という日頃のカーレルの行いと人格を疑わせるような爽やかな笑顔を返しただけだった。
 ボーマン博士(自称)は拳を振り上げ、一人熱烈な盛り上がりを見せて語っている。
「科学という言葉が生まれて幾星霜、誰もが試みそして誰もが叶わなかった人類史上最も崇高にして悲願であった並ぶものなき快挙! 原始生物『プニプニ』の生態系をあますところなく白日のもとにさらし、その神秘的な生きざまを誰もに手軽に観察してもらうべく培養の必要に迫られた不肖・ボーマンが、遂にそれを実践可能な理論として完成させた! そしてその正しさを自ら立証すべく培養した『プニプニ』の一匹が逃げ出し、そこにいる金髪の美少年にたまたま拾われたというわけだな!」
「……で、それがなんで『俺への引導』になるんだ?」
「言ってみただけだよーん」
 無言で立ち上がり、こめかみばかりか手の甲にまで青筋を浮かせて胸ぐらを掴んだカーレルに、ボーマンは急に唇をとがらせて、ぷいっとそっぽを向いた。
「なんだいなんだい。無力にして無防備な老人相手に、魔法なんていう非常識なもんを食らわせたくせに……しかも二度もさ。いいじゃん、それくらい」
「いきなり拗ねるな、このボケ老人がッ!! つか原因を作りやがったのはおまえだろうが!」
「むうっ、なんという思いやりに欠ける差別用語か! 許すまじ人面獣心の輩よの!」
「やかましいッ! だいたいおまえ、ホントに何しに来やがったんだ!? エミルがぷるぷるだかプニプニだかを拾ったのは単なる偶然だろーが!!」
 カーレルに胸ぐらを締め上げられたボーマン博士は、その言葉に、不意に見開いた目を涙で潤ませた。びびって思わず解放したカーレルの手を、恐ろしい素早さでヒシッと握り締め、感涙にむせびながら言う。
「よくぞ聞いてくれた、我が心の友よ……」
「……なんか、すっげえ嫌な予感がするんだけど……」
「実はね、あのね……とぉってもぉ、言いにくいんだけどぉ~」
「ええい、気持ち悪ィ喋り方をするな! キリキリ喋れっ、聞いてやるから!」
「……培養しすぎて、今家にプニプニが溢れてどうしたらいいのか分からないんだよおぉ~っ!!」
 わあああっと号泣したボーマン博士に、カーレルは目眩を覚えたのか、額を押さえてくらくらと椅子に座り込んだ。
「……あの、誰なんですか、あのボーマン博士って人は」
 ようやく静けさが訪れた時、エミルはこそっとマリーンに尋ねた。マリーンは平静な笑顔を返し、
「ああ、カーレルさんのお友達ですよ。なんでもその昔カーレルさんが行き倒れていたのを、通りかかったボーマンさんが拾ったとかで。なんでも死体と思い込んでて、解剖しようと思って持ち帰ったら、カーレルさん、いきなり蘇生したらしいですね」
「……破滅的な人が命の恩人なんですね、お師匠様って」
 もっとも、破滅的という部分ではカーレルも大差はないが。ろくでもないことになりそうな雲行きに、エミルはただ、漫然と溜め息をついた。


「どぅうわぁぁあああっっ!!」
 絶叫。まろぶような足音。何かが倒れる騒音。そして、それらのすべてを飲み込む圧倒的質量感を持った何かが、低くどろどろと押し寄せる物音……。
「ひいいぃぃぃぃーっ!!」
 あらん限りの空気を肺の中から搾り出すように絶叫しつつ、カーレルはやみくもに路地を走っていた。どろどろどろどろ……と、その背後に迫る不吉な響き。
 頭上にはいつも通りの青空。恥も外聞もなく突っ走る路地の行く手に、行き止まりを示す錆び付いた鋼のドアが現れる。おそらくあのドアの先は、誰かの私有地なのだろう。ドアの錠は頑丈に下ろされ、こじ開けるなどできそうもない。
 逃げ道を失い、追い詰められてそのドアに張り付いたカーレルの視界に、勢いあまって転げるようにエミルが飛び込んでくる。
「お、お師匠様……み、短い間でしたけど、お世話になりました……」
 息も絶え絶えに、ドアに取り付いてやっと身体を支えながらエミルが言った。カーレルはそれをぎんっと睨みつけ、
「こーゆーくっだらねえも極まる状況で、そんな深刻なセリフ吐くんじゃねえっ! なんだかうっかりそーゆー儚い気分になっちまうじゃねえか!」
「だ、だってえ」
 涙目になってカーレルを見上げたエミルは、そのまま恐怖におののいた目を背後へと移動させた。どろどろどろどろ……と、不吉な物音を立てて高波のように迫ってくる、無色透明の弾力ありそうなぷるぷる、正式名?を「プニプニ」というそれの、恐ろしいまでの「大群」に。
 プニプニの大群は、もはや数を数えることなど不可能な有り様で、最も高いところで建物の二階の窓にも届きそうなほど積み重なり、まさに波と化していた。それがまるで水がなだれこむ要領で二人のいる路地に侵入し、路地にあるすべてのものを飲み込みながら押し寄せてくる。その質量の凄まじさを物語るように、路地の両脇の建物は軋み、地面が細かく振動していた。何事だろうと二階の窓から姿をのぞかせた住人達が悲鳴を上げて、慌てて奥に引っ込む。路地を埋め尽くすプニプニが密集し、圧力に耐えかねた窓ガラスが、次々に割れていく。そこからプニプニ達がなだれ込んで来たのだろう、住人達が上げるパニックじみた悲鳴が、あたりに響き渡っていた。
「くそったれ!」
 カーレルが行く手を阻む鋼のドアの錠に破砕魔法を叩き込み、吹き飛ばした。エミルもろとも全身で押しやるようにして重いドアを開き、通り抜けると、ドアを閉めて再び魔法を放つ。ただし今度の魔法は破砕・光熱魔法ではなく、一瞬のうちに鋼のドアを氷漬けにした。これならば多少は時間を稼げるだろう。
「今のうちに逃げるぞっ!」
 叫び、カーレルはエミルを引きずるようにして再び駆け出した。


 ……つまり早い話が、昨夜ボーマン博士は魔道士カーレルに「仕事」の依頼に来たのであった。
「うっかり何をどう間違えたのかわかんないけど大量発生させちゃったプニプニを始末してくれ」
 というふざけた内容であったが、仕事と言われればカーレルもむやみに蹴れない。「最近ロクな仕事が来ねぇ……」とぼやきながらも引き受けたが、今夜はもう遅いので、明日になってから出向こうということに話は落ち着いた。今にして思うと、たかがプニプニと侮っていたわけだが、すでにあとのまつりである。
 ボーマン博士の私邸兼研究所に一晩放っておかれたプニプニは、培養液の中で増殖を繰り返し、翌日、すなわち今日になったらその数を凄まじく増やしていた。
 ボーマンが依頼に来た時点では、せいぜい研究室の床を埋める程度だったらしいプニプニは、一夜明けたら研究室いっぱいに増殖してその内圧により壁を突き破り、ボーマン邸から外部にあふれ出していた。小さなやつが一匹いるだけであれば、まだ独特の愛嬌によって「かわいいかも」などともてはやされないでもないプニプニも、人間の胴体ほどにまで膨れ上がり視界のすべてを埋め尽くすようになれば、もはやおぞましき異世界的脅威である。石畳から建物の壁から街路樹から植え込みから、すべてに大量にからみついて、道行く人々や近所の住人に襲い掛かっているさまは、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図もかくやというところ。というか実際にはプニプニには何の攻撃性もなく人畜無害なのだが、そんな得体の知れないモノにからみつかれた人間にしてみれば「襲われた」としか言い様がなかった。
 街のそちこちで悲鳴と怒号が上がり、人々は逃げ惑い、中には果敢にも手近な火掻き棒やスコップなどを手にプニプニと奮戦する者もいたが、ばよよょんと弾力に富んだプニプニは普通の打撃など受け付けず、ただひたすら、うぞうぞと蠢いているばかりである。
 そしてついに、増殖し続けるプニプニ達は、寄り集まって大きな高波と化した。その有り様をボーゼンと眺めていたカーレル達は、鉄砲水、あるいは暴走した重機関車のような怒濤の勢いを持ったそれに、なすすべもなく逃げ出してきたわけである。
 ――まさに街は、戦場と化していた。
「なんだかなぁ……」
 どうにかプニプニの大群を引き離し、道端に座り込んで呼吸を整えていたカーレルは、気の抜けた声で呟いた。
「ボーマンの野郎、俺に恨みでもあるんじゃねえのか。なんだってこんな面倒な始末を押し付けるんだ……? そりゃ街ごと焼き払ってもいいってなら、あんなプニプニごとき何てこたねぇが。ボーマンちと違ってンな真似はまさかできねえし……」
「家ごと燃やすつもりだったんですか……」
 最初どう対処する腹積もりでボーマン邸に行ったのか、それをうかがわせるブツブツとした呟きに、エミルは乾いた笑みを浮かべた。
「そりゃ恨みの一つや二つや三つ、あるんでしょうねえ、きっと……お師匠様とボーマンさんのおつきあいがどんなものだったのか、僕には知る由もありませんが」
「どーいう意味だよ」
 ちなみにボーマンとは、大量のプニプニが鉄砲水と化した時点で、パニックに巻き込まれて離れ離れになってしまった。今頃どこでどうしているのやら、である。
 カーレルは腹立たしそうに、バンと地面を叩いた。
「くそぉ! あんなモンに無様に追いかけられる予定なんざ、俺様の輝かしい人生の設計図には入ってなかったぜ! 生意気だよな、たいていのシリーズで最弱モンスターの地位を貫いてる分際で!」
「……なんの話をしてるんですか?」
 はああぁぁ、とエミルが疲れ切った溜め息を落としたとき。
「ふっふっふ……てこずっているようだな、黒魔道士よ」
 頭上から、そんな声が落ちかかってきた。
「……ボーマン!!」
上を振り仰いだ二人の視界で、二階建て家屋のてっぺんにどうやってかよじ登ったらしいボーマンが、白衣を風にたなびかせ、胸を反り返らせて高笑いをしていた。
「はあっはっはっはあっ!! プニプニごときに手も足も出ぬとは、『魔剣グラム』だのという通り名を持つ天下の大黒魔道士が、なんともはやブザマなものよのう!!」
「てめえ、この野郎!! 何吠えてやがる、全部てめーのせいだろが! 降りてこいっ!」
「やだよん。だって恐いもん」
「とかいって、すでにおもしろがってねーか、おまえ?」
「ふっ……人々が血相を変えてうろたえ、あられもなく右往左往する様を上から見下ろすのは、たまらぬ愉悦を生み出すものよ……」
「……殺す」
 カーレルの全身から殺意が立ちのぼったのに、エミルが胸元で主神セリアの聖印を切り一歩下がった。しかし止めようとはせず、冷めた瞳で言う。
「お師匠様。どうぞお気のすむまま……」
「おう!」
 一声応えて、カーレルは天翔魔法を展開する。ブワッとカーレルを核に突風が巻き起こり、何の目に見える支えもなく空中に舞い上がったその身体は、一瞬のうちにボーマンのいる屋根に降り立った。顔をひきつらせて逃走に移ろうと後ずさるボーマンに、にやあっと笑いかける。
「逃げてもいいぜ。背後からブッ放つだけだからな」
「な」
「いいって、逃げろよ。俺は逃げる相手でも容赦なく攻撃する。無論、無抵抗の相手でもな……どうした、逃げないのか? 頼むから逃げてくれないかなあ?」
 まさに悪魔の笑みで嬉しそうに追い詰めるカーレルに、ボーマンは腰を抜かし、「ひいぃぃ……」と哀れな声を上げてへたり込んだ。
「やっぱ、止めた方がよかったかな……」
 そのやり取りを聞きながらエミルが呟いたとき、どおおぉぉん……と腹に響く轟音が聞こえてきた。
 振り向いたエミルは、少し先の曲がり角の向こうから、まさしく鉄砲水の勢いで陽光に輝くプニプニの波が押し寄せてくるのを見て、エメラルドグリーンの目を見張った。逃げることもできず、一瞬でそれに巻き込まれる。
「エミル!!」
 カーレルがそれを見て、すかさず魔法を編み上げた。怒濤のような勢いでエミルをどこかへ押し流すプニプニの大群のど真ん中に、屋根の上から力任せに巨大な暗黒の火炎球を撃ち込む。
 じゅううぅぅっ!!
 高熱の火炎に、一瞬にして大量のプニプニが蒸発した。群れがそこで切断され、怯んだようにぷるぷる震えながら驀進が止まる。カーレルは一気に二階の屋根から地面に飛び降りると、数十メートルは一瞬で流されてしまったエミルのもとへ駆け出した。幸いエミルは、群れが止まったことでまだしも動けるようになり、自力でプニプニの間から這い出て来ようとしていた。
「ううっ……た、確かに無害かもしれないけど、やっぱり気持ちのいいものじゃないですよお、これは……なんか寒天漬けになったみたいです。うえぇ」
「つーか、おまえショックで気が付かなかったみたいだが、プニプニに呑まれたままでいたら窒息死するんだぞ」
「えっ!!!」
 カーレルに腕を引っ張られて、なんとかプニプニの間から脱出したエミルは、今さらながら愕然としたようにプニプニ達を見下ろした。その額から、血の気がひいていく。
「お師匠様……僕は今助けてもらえましたけど、これ、街全体にとって、実はひょっとしたらとっても危険な状態なんじゃないですか?」
「だよなぁ。このままほっといたら、プニプニに呑まれて溺死するよーな奴が出てくるかもしれん」
 ぼりぼりと頭を掻いて、カーレルはあっけなく頷いた。
「そんな間抜けな死に方、したくないですね……いろんな意味で」
「ったく、ボーマンのあほたれが。役に立つ発明なんざ一度たりともしたことがねえくせに、こういう面倒事だけはイカレ科学者らしく的確に引き起こしてくれるんだよなあ」
 カーレルは深呼吸の要領で大きく息を吸い込み、遠くの屋根の上でまだ座り込んでいるボーマンに声を投げた。
「ボーマン! 今回の仕事料は高くつくからな!!」
 そして再び蠢き出したプニプニの大群に向き直ったカーレルは、凄みのある笑みを浮かべて、ばきばきと指の骨を鳴らした。どうやらよっぽど、街の安全を考えれば逃げ回らざるを得なかったことが面白くなかったらしい。
「さあってと、どう料理してやろうかなあ? こうなりゃたかがプニプニとはいえ立派な街の脅威だから、多少建物がぶっ壊れようとみんな許してくれるはずだし……まぁよしんば許してくれなくても、俺の後ろで糸を引いてたのはイカレ学者だし、弁償請求も慰謝料請求もみんな向こうに行って俺は存分に暴れてスカッとできると。全面的に万事つつがなく解決か。くっくっく……」
「悪党……」
 天を仰ぎ、再び聖印を切ったエミルを見なかったふりをして、カーレルは嬉々として空中にエレメントと呼ばれる魔法印を描き始めた。遠くの屋根の上で悲鳴じみた制止の声を上げたボーマンにまず一発ぶち込んでから、カーレルは本格的に街の破壊、もといプニプニの一斉掃討に取り掛かったのだった……。


 その日の夕方――。
 奇妙なものが、シャザレイム城下町の郊外の森を移動していた。鮮やかな朱金色に染まった空の色を、つやつやの表面に照り返す、プニプニの集団である。その大行列は街の城門からずっと続いており、そして行列の最前列には、幼児を引率する保父よろしくカーレルが歩いていた。
「は~い、二列縦隊! そこ、隊列を乱さない! よそ見しないでちゃんと付いて来いよー」
 カーレルは時折振り返りながら、背後にぞろぞろとついてくるプニプニ達に声を投げている。その言葉を理解できているのか、それとも別の何がしかの力の作用によるのか、プニプニ達は二列縦隊をとりあえず崩すことなく、素直にカーレルの後ろに従っていた。
 やがてカーレルが立ち止まったのは、森の中に広がる、池というには大きく湖というには小さい、そんな淡水の広がりの前だった。夕暮れ時のそよ風が水面にさざ波を起こし、目に痛いほどの光の破片を散らせている。
「ほい、終点。おまえら、ここが今日からおまえらの巣だぞ」
 水際でカーレルが列の先頭から離れると、プニプニ達は何やら喜びの表現のようなきゅいきゅいした鳴き声を上げて、次々と水の下に飛び込んでいった。その様子を傍らにしゃがみ込んで眺めながら、カーレルはひとりごちた。
「まあ、おまえらも今回は災難だったな。勝手に培養されてあふれ返ってパニック起こして、あげくに殴られるわ焼かれるわ雷撃に打たれるわ真空刃に切り刻まれるわ」
 ……実はその大部分、彼自身が手を下したことなど、もはやきれいに忘れ去ったように、カーレルはぱちゃんぽちゃんと水に飛び込んでいくプニプニ達を眺めている。
「ま、焼かれても切られても、あの程度ならプニプニなんて分裂・増殖するだけだし。結局最後は俺も増殖に手を貸してたような計算になっちまうのかなあ。ま、このへんは内緒だけどな。これでちったあ、あのイカレ科学者も懲りて妙な発明しなくなるだろ」
 などと言いながら、カーレルは街に向かって、プニプニの大行列の脇を通って戻っていく格好で暢気に歩き出した。

 その後、まんまと意気消沈したボーマン博士から「仕事料」を巻き上げることに成功したカーレルだったが、その報酬は結局、以前彼がぶち抜いた「こんな宿もあるさ」亭の床板修繕にまわされ、一銭も手元に残らなかった。というか、マリーンが例の爽やかな笑顔で、有無を言わせず全額没収したのである。
 さすがにマリーンに「床板修繕と今までの借金返済分と。含めてまとめて没収しますね♪」と言われればグウの音も出ず、カーレルはまたしても、実質換算儲けゼロの結果に終わったのであった。
「全部てめーのせいだコレは。てめえがそもそも俺の前に現れなきゃ、こんなことにはならなかったんだ」
 莫大な慰謝料を街の人々から請求されたボーマンは、すっかり魂が抜けたような状態になっており、あれ以来食堂の片隅にポカンと座り込んでいた。それをぐりぐりと小突いたりつねったりしているカーレルを、見かねたエミルが引き離し、そのままエミルは慰めるようにボーマンの肩を叩いた。
「……お師匠様に仕事の依頼をしたのが、そもそも間違いだったんですよ」
「う……うううぅー……」
 だーっと虚ろなボーマンの目から涙があふれ、再びエミルは、今度はかける言葉もなく、ポンポンとその肩を叩いた。


 その後、どうにか立ち直ったボーマンが「対魔道士兵器・必殺ロドリゲス君一号」なるものを発明し、復讐の狼煙をあげてカーレルに決戦を挑んだが、一撃で「ロドリゲス君一号」もろとも粉砕されたらしい……という噂を、エミルは耳にした。が、そもそも同じ宿に泊まり込んでいるカーレルの動向が、数日後に「世間話」になって耳に届くほど、それは誰もにとってどーでもいい暇潰し的な出来事でしかなかった、ということであり、エミルはバイト先でそれを聞いたとき、なんともいえない世の無情と物悲しさを感じたものである。
 その一方で、「どうせまたボーマン博士もリベンジを挑んできそうだし、そのときに新しいロドリゲス君を見せてもらおうかな」などと、少々ピントのずれたことを心の中で計画していた。


 ……エミル少年の、魔法における師匠である黒魔道士カーレルには、エミル少年自身も含み、奇抜な、というより奇特な知り合いが多い。


(了)


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