神なる竜に接吻を 1

   § : GRAM 「神なる竜に接吻を」
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師匠と弟子/喧嘩/大暴れ/謎の教団/経典/秘儀/古代語魔法/召喚士/竜/てんやわんや/
【中編/完結済/約60000文字/読了時間約120分】
少し長め、かつ「ファンタジーらしいファンタジー」を書いてみようという試みのお話。ある日カーレルさんと喧嘩をして宿を飛び出してしまったエミルくんですが、そのまま正体不明の団体に誘拐されてしまいます。
ファンタジーといえば竜、ということで、竜さんが出てきててんやわんやになります。



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 がしゃがああぁぁぁん!!
 陶器類の砕ける、しかも力いっぱい壁に叩きつけられて砕けたのではないかと思われる音に、澄んだ声音そのものはやわらかな、しかし激しい少年の声が重なった。
「わかりました! もういいです! お師匠様がそういう人だなんて、とっくに分かったつもりでいましたが! 僕はもう、ここから出て行きます!!」
「おう、出てけ出てけ! 誰も頼んじゃいねぇんだよ、もともと!」
「ご、ご主人~、そんな言い方はないずらよぅ~」
 がたがたがたん! これは椅子を蹴る音か。次いで軽くも荒い足音。開きかけた両開きの扉のところから、振り返っているのだろう、食堂ホールの奥の方角に向かって声が投げられる。
「あなたみたいな人に師事した僕が、そもそも間違っていたようです」
「あああ、エミルぼっちゃん! 短気は損気でヤンスよう~」
「さようなら!!」
 ばしん!!……やや鈍い音で扉が閉まったように思われたのは、閉められると同時に、追っていった小人がドアに激突したせいか。
 ――「こんな宿もあるさ亭」正面玄関から飛び出したプラチナ色の髪の少年は、いつになく足取りも荒く、夜道を遠ざかっていった。


 話の始まりは、いつもの通り、きっかけも思い出せないほどの、カーレルとエミルのささいな口論だった。いつもと雲行きが少々違ったのは、今夜はエミルがいつになくカーレルに食い下がる姿勢を見せたということである。
「お師匠様。僕、ちゃんと月謝払ってるじゃないですか。なのにどうして、きちんと魔法の講義なり演習なりをしてくれないんですか?」
 常々それが不満であったエミルは、本来は優しげな面差しを多少険しくして、魔法の師匠たるカーレルに詰め寄った。食堂ホールの閉店時間をすぎて手伝いも一段落し、夜食がわりのパスタを口に運んでいたカーレルは(ちなみに買出し要員・清掃要員から未だに出世していない)、うるさそうにそんなエミル少年を見た。
「人を給料泥棒みたいに言うなよ。人聞き悪いな」
「事実じゃないですか」
「おまえ、だんだん性格がすさんできてないか? 前はもうちょっと、素直で物分りが良かった気がするぞ」
「誰のせいだと思ってるんですか……」
 エミルは嘆息し、今やすっかり溜め息まで癖になってしまった我が身を少し哀れに思いながら、きっ、とあらためてエメラルドグリーンの澄んだ目を上げた。
「とにかく、僕から月謝を取っている以上、師匠として講義なりなんなりをするのは当然の義務だと思うんです。そうじゃなかったら本当にただの給料泥棒ですよ。僕は宿代だって自分でちゃんとおさめているし、別にお師匠様のお世話になっているわけじゃありませんし」
「おまえ、そーいう恩知らずなこと言ってっと、ぐるぐる巻きに縛り上げて裏山の崖下に蹴り落とすぞ」
 三白眼になって言ったカーレルに、いよいよ激昂して、エミルはバンとテーブルを叩いた。いつにないその様子に、厨房で片付けものをしていた宿屋の主人トーマスとその娘のマリーンも、なんだなんだと顔を覗かせた。
「じゃあお師匠様! あえて聞くまいと思ってましたが聞きますけど! いったい僕が弟子入りしてから今まで、具体的に何をどう師匠らしいことをしてくれたっていうんですか?」
 正面から迫られたカーレルは、まったく悪びれない態度で、懊悩するように伏せた目頭に指先を当てた。
「ふぅ……語らずとも悟れという、このありがたいスタイルが分からんとは……」
 離れた床の上にぺたんと座り込んでいた地霊の兄弟が、諭すというよりむしろけしかけるようにボソリと発言した。
「ご主人の行動のみから学んでいたら、請け負うけどもロクな人間にならないでヤンスよ」
「まさしく。とゆーか、わてらもご主人みたいな社会の敵がこれ以上世に増えるのは看過できないでヤンス」
「てい」
 ごく何気ない掛け声と共に、カーレルが食べ終わったパスタ皿を地霊の兄弟に投じた。フリスビーのごとく宙をすべったパスタ皿は、一撃で兄弟ふたりをなで斬り、皿は壁に激突して粉々になった。
「一撃で一人が算数、一撃で複数が数学の理論だな」
 そんなことを言ったカーレルに、エミルが冷めた半眼を向けた。
「……まさかそういう行いから、何かしらを学べというのではないでしょうね?」
「やけに突っかかるな、おまえ」
 そういうつもりだったのかは判然としない眼差しでエミルをねめつけたカーレルは、いかにも面倒くさそうに派手な赤毛の頭をバリバリとかき回した。「あーもう、うっせぇなあ」とぼやきながら、ガタンと椅子を大きく後にずらして、長身に比例して長さの立派な脚を組む。顎を引き、腕を組んだ姿勢で、じろりとエミルを見た。
「はっきり言ってやるが、おまえに魔法の実践はまだ早い」
 その思わぬ目つきの鋭さに思わずたじろぎながら、エミルは尋ね返した。
「……なぜです?」
「なまじ力が大きすぎるだけに、今みたいなはっきり型も属性も定まってない状態のときに下手な技を仕込むと、どう歪んだ形で反動が現れるか分からねえんだよ。下手をしたら一生歪んだままになるか、魔力の回路が閉ざされちまうかもしれない」
 思わぬことを言われて、エミルは返す言葉に詰まった。そこにカーレルはたたみかける。
「今はまだ、具体的な魔法の技を学ぶ段階じゃない。もう少し時間が経って、ある程度の型が定まってからの話だ」
 内容自体に対してはもっともだと納得したエミルだったが、その棘だらけの口調にむっときて、思わずカーレルをにらみ返してしまった。
「でもそれだったら、演習は別として講義くらいしてくれてもいいじゃないですか」
「人に何もかも教わろうなんて都合のいいコト言ってんじゃねえよ」
「何もかもどころか、何ひとつ教えてくれないくせに! 面倒なら面倒だと、はっきりそう言ったらどうなんですか!」
 バシンと再びエミルがテーブルを叩くと、負けじとカーレルもテーブルをバンと殴った。
「ああそうだよ、面倒なんだよ! なんでてめえみたいな、ただでさえ面倒くさい押しかけ弟子に、この俺様がそこまで手間隙かけてやんなきゃならねーんだ!」
「……!……」
 さすがにそのカーレルの態度は、本来であれば人並み以上に温厚で穏やかなエミル少年の激昂にとどめを刺した。彼は拳を震わせて立ち上がると、手近にあった一輪挿しを取り上げ、思い切り振りかぶってカーレルめがけて投擲した。カーレルは器用にひょいとそれをかわし、哀れな一輪挿しは壁に激突して、派手な音を立てて破片を撒き散らした。それを見たマリーンが、あらあら、と呑気な声を上げた。
 エミルは憤然とカーレルをにらみつけ、怒鳴るように宣言した。
「わかりました! もういいです! お師匠様がそういう人だなんて、とっくに分かったつもりでいましたが! 僕はもう、ここから出て行きます!!」
 ……かくして冒頭の、少年が宿屋を飛び出して行くくだりにつながるわけである。


「まったく、ほんとに何て人なんだっ、知ってはいたけど!」
 ずんずんとアテがあるわけでもなく夜の路地を歩きながら、エミルはおさまり切らない腹の虫を持て余しつつ、ぼやき続けていた。
「そりゃ僕が一方的に弟子にしてくれって頼み込んだんだし、出会いがしらに襲い掛かったりもしちゃったけど! だからってあんな言い方ないじゃないか!」
 実のところ、月謝云々で腹が立ったわけでもない。あれでカーレルは考えるところは考えているし、本当にまだエミルに魔法を教える時期ではないだけなのだろう。
 だからといって、あのカーレルの横暴さ・横柄さはどうなのか。
「人として許されないぞ、絶対……」
 思い出すだけでも腹が立ってきて、エミルは目の高さまで持ち上げた握り拳に力を込めた。と、そこに。
 しゅたたたたたっ……
「うん?」
 何やら、足音。いかにも人目を避けているような、摺り足状態で素早く駆け寄ってくるそれが聞こえてきて、背後に迫ったと思った直後、いきなりエミルは肩口をつかまれて強引に引っ張られた。
「わっ……!?」
 いやおうなしに振り返ったその鼻先に、誰のものかもわからない指先が突きつけられる。そこに小さな魔法印(エレメント)が閃いた。その構成を見、まともに網膜に焼き付けてしまったエミルは、反射的に自分の腕と肩を掴んでいる腕を振りほどく。意外に体重の軽い、細い腕の感触が返って来たことを認識した直後、エミルは転げるように地面に倒れ込んだ。全身に麻痺に似た感触が走り、手足に力が入らなくなっていた。
「な、な……」
 何が、と言おうにも、すでに声もまともに出せなくなっていた。急速に視界と意識がかすんでいく。なんとか見やったその先に、頭からすっぽりフードをかぶった細い人影がふたつと、他にも何人かの人影が見えた、気がした。きらりとフードの人影の胸元で銀色のメダルのようなものが光った。
(竜……?)
 刻まれた抽象的なその姿。抵抗しようという気力さえこそげ取って、そこでエミルの意識は完全に混濁した。
 気を失ってしまった少年の前に、欠けた月を背景に、フード姿の細い二つの人影が立った。
「ふふ……良い召喚士ですわ。これならば……」
 うっすらと笑んだ唇から、満足げな呟きが落ちる。もう一人のフードの人影が進み出た。その手には、人ひとりくらいスッポリおさまってしまうであろう大きさのズダ袋が握られていた。


「……あら?」
 彼女の実家でもある「こんな宿もあるさ亭」に向かって歩いていた、腰まである長い栗色の髪を夜風になびかせた魔道士ギルドの制服姿の女性――レラは、路地の先に奇妙なものを見つけた。
 体格からして女性だろうか、ほっそりした、頭からフードをかぶって顔の見えない二人。それらと一緒に、数人の成人男子らしい人影。いずれも足首まである長いローブをまとっている。
 こんなところで何をやっているのだろう、と思ったとき、レラは彼らが大きなズダ袋に、見覚えのあるプラチナ色の髪の少年を詰め込んでいる最中であることに気付いた。
「何をしているの、あなた達!」
 鋭く声を飛ばしたレラに、いっせいに彼らが振り返った。
「あら、余計なお客様が」
 年端も行かぬ少女ではないか、と思う声が、フード姿の細い人影から返った。彼らはズダ袋を守るようにして向き合うと、フード姿の一人が空中に魔法印(エレメント)を描いた。その胸元で、銀色の何かが一瞬きらめいた。
「転移魔法……!」
 その構成を読み取ったレラが駆け寄ろうとしたときには、彼らの姿をエレメントから広がった魔道の光が包み込み、その姿を跡形もなくかき消していた。
 無機物、有機物を問わず、物体を異なる場所へ瞬間に転移させることができる魔法――「転移魔法」と呼ばれるそれは、《高位魔法(ハイグリフ)》と呼ばれる類の、特に扱いの難しい高度な魔法のひとつである。魔道士ギルドに長く所属するレラ自身、力の強い魔道具等のサポートがなければ使えないし、滅多に見ることもない。数人も同時に転移させる光景など、それこそ今まで一度も見たことはない。
 レラは頭の中で、彼らの胸元で一瞬きらめいた銀色のメダルについてを思い出していた。そこに刻まれていた図象が焼き付けられたように脳裏に残っているのは、それが強い魔力を帯びていたからだ。そこには意匠化された「竜」の姿が刻まれていた。長い首と翼を持つ、高貴なる異界の王。
「彼らは……神竜教団……?」
 誰もいなくなり、涼みを帯びた夏の夜風がゆるく吹き抜けるばかりの路地で、レラは呟いた。


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