7.追憶の街 (1)

   § : ZERO 「7.追憶の街」
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 エトナから一行はさらに進路を南寄りに取った。主要幹線を大きく迂回する分、目指すゴールドアローへの到着は遅くなる。しかし保紡財閥とハイエンターの勢力下からできるだけ距離を置くには、多少の迂回路を取る方が堅実だった。
「ルーメンフェルス。なんかこう、詩的な名前だねえ」
 キャビンスペースのテーブルにばさっと広げた地図を覗き込みながら、アスラが言った。彼女が口にしたそれは、次の中継地点に選んだ小都市の名前だった。アスラの横にはシリルがいて、やはり物珍しそうに地図を眺めている。
 アグラスを出て東に向かい始めた彼等だったが、一歩もアグラスの外に出たことのない娘達はいずれの街に立ち寄るのも興味津々で、地図を見るのも楽しそうだった。既にいくつかの街を通り過ぎてはいたが、中でも次のルーメンフェルスはそれらの街よりも一回り大きい。
「名前はな。実際にはかなりの無法地帯だぜ」
テーブルの向かいに座ったグルドが、別段おもしろくもなさそうに答えた。
「へえ、そうなんだ?」
「昔はそこそこの資源が採れてよ。加工プラントなんかもどわーっと並んでたんだけど、じきに枯れて、工場も全部閉鎖されちまった。その工場跡に、そのへんのならず者達が徒党を組んで住み着いてやがる。まあ、あんまり一人でうろつくような街じゃねえな」
「おっちゃん詳しいねえ」
「そりゃ、生まれ故郷だからな」
 言ったグルドに、アスラが意外そうな顔をした。
「ありゃ。おっちゃん、アグラスの生まれじゃなかったんだ」
 助手席で外の風景を見るともなしに眺めていたセネも、グルドを振り返った。
「そこが故郷なのは、あたしも知らなかったわ」
「おうよ。ルーメンはよ、なりはそこそこでけえ街だけど、からっぽの工場があるばっかりで本当になんにもなかったんだ。若ぇ時分としてはさ、やっぱ憧れるじゃねえか。大都会ってやつに」
「ブラックマーケットは有名じゃなかったか?」
 グルドと交代で今はハンドルを握っているイリヤが言うと、ああ、とグルドは思い出したように答えた。
「そうだなあ。あそこにゃなんでもあるって言われてたな。出すもん出せば、だろうけどよ」
「けっこうレジスタンスも多いみたいね」
「まあな。けど、俺らとは毛色違いだな」
 ルーメンフェルスに拠点を置く多くのレジスタンス達は、自称こそレジスタンスだが、実際にはそれを建前にしただけのゴロツキ集団が多い。近隣の街に大挙して押しかけて警備兵とやりあったりもしているが、無関係な一般人の家や商店、旅行者を襲ったりということも珍しくない。
 もっとも、闇市が名物になるくらい産業が何もなくて貧しい街だ。良し悪しの問題ではなく、そうすることでやっと生計を立てている者も少なくないのだろう。
「ブラックマーケットかぁ……」
 アスラがひょいと備え付けの椅子を立っていって、運転席と助手席の間からダッシュボードの上に放り出されていた白い二十五センチほどのグリップに手を伸ばした。
「エアシードだっけか。……む、意外に重いな」
 思ったよりもずしりとくるその手ごたえに、アスラはグリップを何度か持ち直すようにする。重いとはいっても、アスラの細腕でも片手で持てないほどではない。むしろある程度の重さが、握った手の中に安定感を生むようだ。
「これさぁ、高く売れないかな?」
 アスラは半ば本気で言う。イリヤはちらりとだけそれを見た。
「買い手つくのかな、それ」
「だって、SCSの科学力を結集しました!ってなシロモノなんでしょ? 宣伝すりゃ欲しがる人いるかもしんないよ」
 一見すると用途不明なその白いグリップは、しっくりと手に馴染むような材質でコーティングされている。シリコンに似ているが、それよりもう少し弾力性がある感じだ。よほど優れた緩衝素材なのか、今までイリヤの手にあってかなり使い込まれてきただろうに、新品のようにまったく疵がついていない。
 聞けばこれはタナトスという特殊部隊の為にSCSが特別に開発したものであり、目立たないところに小さくSCSのロゴとタナトスという部隊のエンブレムが入っていた。
 イリヤがこれからまばゆいばかりの光の刀身を出現させたのを、アスラは二度ばかり目にしている。一度は魔法のように光の膜に変化させて、銃弾を弾いたりもした。あんなことができる特殊な武器なんて、それこそ実は値段なんてつけられないのではないだろうかと思う。
「……あれー?」
 その白いグリップをさんざんひっくり返して見回してみたアスラは、あることに気付いて首を傾げた。
「イリヤぁ。これ、どーやってアレ、光るの出すの? スイッチとかないよ?」
 本当にただグリップであるだけで、稼動させるためのボタンとか、スイッチらしきものが一切ついていない。
「だから買い手なんてつかないと思う。誰にも使いようがないだろう」
 イリヤが言うのに、アスラはまじまじとエアシードを見た。
「むう。でもイリヤは使ってたじゃん」
「そりゃ訓練受けたからな」
「じゃ、訓練すればあたしでも使えるってこと?」
「適正があれば」
 淡白に答えるイリヤに、アスラは首をひねった。
「適正?」
「俺も理屈はよく分からない。けどそれを扱える奴は、何も教わらなくてもぼんやり光らせるくらいはできる。ただ、滅多にはいないらしいな」
「へぇ」
 なんとなく興味をひかれたセネが、アスラの持っているそれに手を伸ばした。軽く手の中で感触をためすように握り直したり振ったりしてみるが、アスラと同様それは何の反応も見せなかった。
「さっぱり」
 セネがアスラの手にそれを返した。グルドは彼女達の会話を聞いてはいたが、エアシードにふれることに抵抗があるのか、手を出そうとはしない。シリルもやはり、あえては自分から近付いてこようとはしなかった。
「適正ねぇ。もー絶対努力じゃどーにもならないもん?」
 アスラが助手席の背もたれに寄りかかりながら、手の中で器用にくるくるとエアシードを回した。
「多分な」
「ふぅん。でも具体的にさ、いったいどーやって使ってるわけ?」
 問われて、イリヤは考え込んでしまった
「……どうやって、って言われても。説明しようがない」
 何の苦労もなく立って歩ける、手足を動かせる者に、どうやって歩いているのか、身体を動かしているのかと聞いても、答えられはしないだろう。人は動作するに際して、具体的な思考という形を取るよりもずっと早く、五感から得た情報を脳が分析して指令を発している。それは脳内のニューロンネットワークを伝う電気信号となり、シナプスを介して全身に伝達される。その複雑かつ多重構造な情報量と処理速度は、どれほど高性能とされるスーパーコンピュータでも遥かに及ばない。どうやってエアシードを扱っているのか、と問われても、そのレベルに属する話である以上、説明する言葉が見つからなかった。
「うーん。確かに売り物にはなりそうもないねぇ」
 アスラがエアシードを手の中で軽く放り、受け止めながら言った。
「コイツを扱える、ってのがタナトスの条件の一つならさ。人数が少ないのはそのへんにも理由があるのかもね」
「そうかもな」
 全体的に言葉少ないイリヤの様子に、アスラはやっとそこで気付いたようだった。
 普段からイリヤはすすんで喋る方ではないが、話しかければぶっきらぼうでも要点を添えて返してくれる。しかし今の彼には、できるだけ早くこの話題を終わらせたいような気配すらあった。
 アスラはぽりぽりと頬を掻いて、エアシードを元通りにひょいとダッシュボードに返した。
「ま、使えない売れないじゃ、あたしにとってはただのゴミ! あたしはそれで守ってもらうオンリーにしとくわー」
「そうか」
「そうそう。頼んだぞ、イリヤ」
「拒否権は?」
「あるわけないじゃん」
 にんまり笑ったアスラに、イリヤが小さく嘆息した。
「まあ、ついでだからいいけどな」
「ついでとか本人目の前にして言うなよ」
「ついでじゃなかったら何なんだ」
「そりゃメインでしょー」
「ありえない」
「ひっど……うわーんシリルぅ!」
 アスラがだあっとキャビンのシリルに泣き付いていき、切々と扱いのひどさについて訴え始めた。おかしそうに笑いながら適当になだめられ、そのまま彼女達の話題は再びルーメンフェルスについてや雑談に戻っていった。
「ほんと賑やかよねえ、あの子も。キャラなのか本気なのか分からないけど」
 助手席からその様子を眺めつつ、セネが言った。
「馬鹿じゃないだけマシだけどな」
「あら意外。馬鹿だとは思ってないんだ?」
「意外って……セネも案外ひどいこと言ってるな」
 イリヤに若干たじろいだような目を向けられて、セネが笑った。
「あたしだって馬鹿だとは思ってないわよ。でもイリヤ、最初にあの子に会ったとき、さんざんなこと言ってたじゃない」
「あのときは、もっとたちが悪いと思ってたから」
「ふうん。まあ、そうね。悪い子ではないわね、確かに」
 アスラもアスラなりに当然悩みはあるのだろう。それはセネ達とはまた違った意味で、とても重く大きなものであるに違いない。エトナでカー・ウォンらと対峙したときにその片鱗を見たセネは、尚更にそう思う。アスラ自身は婚約者であるカルセイ・保紡とは何の問題もないと言っていたが、実際にはやはりそういうわけにはいかないのだろう。あの脳天気な笑顔の裏に、アスラもまた別のものを押し込んでいる。
 しかしイリヤもまたアスラにきちんと意識を割いているようなのが、セネには少し意外だった。この間までイリヤは、一緒にはいても周りに対してあくまでも一線を引いているような、あえては必要以上の関わりを持とうとしていない気配すらあったのだが。
 対向車とすれ違うことすら稀な寂れたアスファルトの道に目を向けている運転席の彼を、セネはじっと見つめた。その視線を感じたのか、イリヤが彼女にちらりと目を向けた。
「何だ?」
「ううん」
 セネは助手席の上に両膝を引き上げるような格好で、形の良い唇を微笑させた。
「なんだかイリヤ、少し吹っ切れた顔してるなあって」
「そうかな」
「うん」
 イリヤも軽く笑った。
「説教がきいたのかもな」
「またしてほしかったら、いくらでもしてあげるわよ」
「遠慮しとく」
「残念」
 セネは声を立てて笑った。再会した頃に比べて、イリヤがどんどん記憶にある彼に戻ってゆくような、気を張らない自然な表情を見せるようになってきたことが、何か無性に嬉しかった。その自分の変化に、彼自身はきっと気がついてはいないのだろうけれど。


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