12.運命の影 1 (1)

   § : ZERO 「12.運命の影」
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 翌日からイリヤは、さしあたってできることに動き出した。
 ゴールドアローにどれほど滞在することになるかは分からないが、ひとまず日々の基盤を整えるべく、いくつかあった傭兵ギルドの中から適当なところを見繕い、素性を偽って登録した。渡り歩く前提ならフリーでいいが、定住するとなるとそうもいかない。
 傭兵ギルドといってもピンキリで、街や地方によってその毛色もだいぶ違う。反ハイエンター勢力の多いゴールドアロー近辺では、自然、そういった勢力がギルドを運営したり、仲介していることも多い。まさか手配中のS級ランカーが堂々と現れて登録するとも、誰も思わないだろう。
 勿論、自分の素性を宣伝するようなものであるエアシードや、ブレイブハートと銘打たれた鋼鉄大剣は使わない。あまり気は進まなかったが、得物は銃にしておいた。武器としては最もありふれたものだし、おそらく当局側も、イリヤが銃を使うとはあまり想定していないはずだ。仕事を得ることにさして苦労はせず、血生臭いような話は避けて、派手さのない地味な仕事を選んでこなしていった。
 それでも万が一のために、互いに何かあれば対応できる程度の範囲で、グルド達とは別行動を取った。彼らはそれぞれ、前金制で金さえ払えば何か詮索されることもない適当な安っぽい部屋を借りて、仮の住まいとした。ゴールドアローは一見華やかだが、大陸最大規模の暗黒外を抱えているだけあり、後ろ暗い人間がもぐり込む余地はいくらでもあった。


 当たり障りのない仕事をこなす一方、イリヤはタナトスやタナトス・プロジェクトと言われる、謎の多いそれらについて調べ始めた。が、SCSやハイエンターのコンピュータに直接アクセスするのは、さすがにそう簡単ではない。トップシークレットであろうそのあたりの情報に下手に手を出して、こちらを感知されるのもありがたい話ではない。
 クラッキングのノウハウはある程度学んでいたし、システムの裏情報や、かなりの量のアクセスコードやパスワードも所持はしている。だが自分がそれらの情報を持って脱走した以上、そのあたりは書き換えられている可能性が高い。結局、こちら側の情報を偽装しながら、地道にひとつずつ当たっていく他になかった。
「いったい何を調べてるの?」
 何かにつけて部屋に押しかけてくる娘達は、部屋にいるときはほとんど端末に向かっているイリヤに物珍しそうな顔をした。とくにセネは、なまじ自分がある程度そういったものに詳しいだけに、イリヤが何か厄介なものに足を突っ込みかけているのを察したようだった。
「あたしで何かできることがあるなら手伝うけど。……といっても、あるなら言ってるわよね、きっと」
「ちょっとな。何かあれば言うよ」
 さらりと流されて、セネはそう、としか返せない。何かあればセネ達に頼ることを決めてはくれた彼だが、それはセネ達に対するむやみな甘えを意味するのではなく、秘密主義なところもあまり変わらなかった。
 けれど彼が連絡は欠かさず、手の届く場所にいてくれるのは嬉しかった。旅の間よりも一緒にいられる時間は大きく減ってしまったが、そもそもセネ達だとてここに遊びに来たわけではない。グルドはアグラスにいる仲間たちとしばしば連絡を取り合っているし、どこで何をしているのかフラリと姿を消して、しばらく帰って来ないこともあった。


 セネは現状は時間が過ぎるのを待つしかないこともあり、情報の収集に勤めると同時に、簡単なアルバイトをして過ごすことにした。ある程度の資金はあるとはいっても、ただ食い潰すよりは多少でも稼ぎがある方がいい。アスラやシリルもそれに乗ってきて、三人で色々なバイトをハシゴした。幸い歓楽都市であるゴールドアローでは、チケットをもいだり、アトラクションを監視したり、風船を配ったり、売店や屋台でものを売ったりという仕事は山ほどあった。
「ウェイトレスとかもやってみたいけどなー。やっぱシゴト内容きっちり覚えないといけないよーなやつは、ちょこっとだけやって次いくーとかムリだよねぇ」
 言ったアスラに、シリルとセネがそれぞれ返した。
「アスラがウェイトレスするの?」
「するのっていうか、できるの?」
「なんだよそれぇ。あたしだってやればできるよっ。つーかあんなもんこのアスラちゃんにかかればチョロイってー」
「こういうこと言う子に限ってひどいことになるのよね……」
「とりあえず、家の中のことからやってみる? お掃除とか洗い物とか」
 セネはやや冷めた目つきになり、シリルはくすくすと笑う。それ以来、アスラはあーだこーだ喚いたり悲鳴じみた声を上げながら、セネやシリルに教えられつつ、家の中のことをぎこちなく手伝うようになった。
 そんなふうに過ごしながら、都合がつけば全員で適当なところで落ち合って、一緒に食事がてら飲んだり、ゴールドアローの街で遊んだりした。
 こんなに波風なくすごしていていいのか、とセネなどは逆に不安になってしまうほど、それは穏やかで楽しい日々だった。


 そういったことの合間に、イリヤはロッシと連絡を取って、彼のもとにアスラを案内した。ロッシはアスラの正体をやはりお見通しで、そのアスラが接触を求めていることにいささか驚きはしたようだが、拒みはしなかった。
「君の周りには、本当におもしろい面子が集まっているな」
 電話口の向こうで、おかしそうにロッシはそんなことを言った。立ち入ったことは何も口にしないが、グルドやセネがアグラスを追われてきたレジスタンスであることも、ロッシは分かっているのかもしれなかった。


 アスラをロッシのいる『ベルニサージュ』に案内し、引き合わせた後は、イリヤはいったん二人の元から辞した。そこで二人が何を話すのだとしても、一介の傭兵風情である自分が立ち入るようなものではないだろう。ロッシという人間をイリヤは信頼していたし、アスラもあえてはイリヤを引き止めようとはしなかった。
「いやー。イイオトコだねえ、ロッシって」
 待ち合わせの時間通りにベルニサージュから出てきたアスラは、上機嫌で言った。
「話し上手だし聞き上手だし、なんかこう、雰囲気も落ち着いてて、オトナの魅力ってカンジ? いやぁ、ちょっとホレそうだわー」
「で、収穫はあったのか?」
 そのあたりのアスラのセリフは聞き流して、イリヤは問いかけた。
「いろいろ聞けたよー。まぁ深いコトまではそりゃー話しちゃくれなかったけどさ。そのへんはあたしも同じだし?」
 並んで雑踏の中を歩きながら答えるアスラは、黒い瞳にいつになく考え深い色合いを帯びていた。
「どーせ暇だから、予定が合えば会ってくれるって。聞ける間は、ちょこちょこ色々聞いてみようと思うよ。ハイエンターでのこととか。……戦争のこととか。雑談程度でもさ、今は聞けることがあればなんでも聞きたいんだよね」
 もともと多くをアスラも期待はしていないだろう。ロッシとしても、保紡の令嬢であり現総帥のフィアンセであるアスラに、そこまで腹を割るとは思えない。
 つい、とアスラがイリヤを見上げた。
「アンタも一緒にいてくれていいんだけどねー?」
「俺は部外者だからな」
「またそーゆー。確かにそうだけどさあ」
「これでもそれほど暇じゃないんだ」
「まーね。アンタにもいろいろあるだろうし」
 アスラは伸びをしたついでのように、頭の後ろで手を組んだ。
「ホントはさ。あんたから色々聞くのが、ウチのヤバイっつーことを知るにはいちばん早いんだよね」
「……まあ、そうだろうな」
「聞いたら話してくれたりするー?」
 あくまでも気安い口調で、アスラは問うた。イリヤは黙り込んでしまう。自分の過去の罪を暴き出すことにも直結することを口にしろと言われると、拒絶感がどうしても先に立った。
 その様子を見て、アスラが空気を変えるように、からりとした調子で笑った。
「足して割れたらいいのにねー」
「何を?」
「あんたは知りすぎてて、あたしは知らなさ過ぎる。足して割れたらちょうどいいじゃん」
 つられたように、イリヤも小さく笑ってしまった。
「それじゃ重くなるぞ、おまえの方が」
「そうかなあ」
「そうでなかったら困るだろう」
「まー、どーせあたしのアタマはカラッポっすから。それくらいのがイイカンジになるっしょ」
 そんなことを話しながら歩いていたとき、街頭に掲げられていた巨大ディスプレイから、とあるニュースが流れ出しているのに彼らは注意をひかれた。
 女性キャスターが流暢にニュース内容を読み上げているその画面内には、人目をさらわずにはいないある人物の姿が映し出されている。実際ついというように、通行人の多くが足を止めて、そのディスプレイを見上げていた。
 王冠のように輝く金色の髪に、深いアイスブルーの瞳。誰もが思わず視線を惹き付けられるであろうまさしく貴公子といった印象の、若々しく引き締まった美貌の持ち主。
「……そういえば、こっちに来るんだったな」
 アグラス総裁にして、ハイエンター総帥。カルセイ・保紡という名を持つその存在。ディスプレイ越しにその姿を見上げて、イリヤが何気ないように呟いた。
「うん。もーすぐだねー」
 近日中にその人物がゴールドアローを視察のために訪れるということは、トップニュースの扱いで報じられていた。何かと厄介な要素の多いこの一見華やかな歓楽都市は、それを抑制する目的もあって、昔からアグラス総裁が様子を見に来ることが多い。当然この機会にとよからぬことを企む者も出て来るので、その際には都市が全体的に警戒態勢になる。
 カルセイ・保紡の来訪を間近に控え、街にはかなり憲兵の姿が増えていた。観光都市でもあるので、観光客達にそれほど威圧感を与えるようなことはしないが、やはり平時とは少しずつ空気が変わってきている。
 アスラはじっと、ディスプレイ越しにカルセイ・保紡の姿を見上げていた。天真爛漫といった笑顔がそこから消えると、それだけでアスラは別人のように見える。保紡ファミリーの令嬢というのも伊達ではないと思えるほど、背筋の伸びた姿は聡明そうに、そして毅然とした空気を漂わせる。
 ふいにアスラがイリヤを振り返った。その表情は、普段の通りに無邪気っぽい笑みを含んでいた。
「アンタにシゴトの依頼」
「仕事?」
「なんでもあたしの言うことひとつ聞けって話。忘れたの?」
 聞き返したイリヤに、にんまりとアスラは唇の端を吊り上げて答えた。
「カルがこっち来たら、あたし会いに行くから。ガードしてね? あんたならヨユーっしょ」
 言われたことを頭の中で考え、理解すると、イリヤは金色の眼を見張った。
「……なんだって?」


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